なんというか最近のわかも・・・(・=・
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ディベートを誹謗中傷合戦だと考えたり、自分の意見が通らなければ、その場のテーマを捨てても良いと考えている輩が多い気がするっぱのぅ(w・
「お互いのテーマへのメリットを更に洗練し、知の探求を行う行為」その一言につきる。
最近は、討論自体日常で行うことが少なくなってきた為、対応力や表現力そして想像力が少々足りていない方が多い気がしてならないっぱ(^^;
悪く言えば**「ことなかれ主義」さらに悪く言えば「惰性主義」もっと悪く言えば「機械か奴隷」**そんな風に思うところっぱよ(w・;
なぜなら、**「しゃべらない」ならまだしも「意見を必要とする場で述べず陰口を述べ」挙句にそれを窘められると「ふてくされる」それで意見を述べるのかと思えば「陰口は述べるが意見は述べずどんどん駄目になっていく」ループを続けるそして「やる気を完全に失い物事を放り出す」あるいは「惰性でのみ生活し続ける」**こんな風潮があるとしかいえない。
言うところのメリットが一切ないそんな生活思考ってあんた・・・どんだけ終わってるかと・・・
おいらは、**「はっきり述べて襟を正す」**それで、お互いが良くなっていくにこしたことないっぱからのぅ(w・
それに対して、「えーごろごろしたい」「あんた養ってください」「おんぶ・だっこして」「おれやらかしたからあんた責任も取ってください」という方は、「正直生きる資格あるのでしょうか?」
いやいやマジで・・・・終わってるって(^^;
話が脱線したが、**「メリットのすり合わせ」が「ディベート」**それができない方が前述のようなタイプのわかも・・・に多いって話っぱ・・・
・・・「社会主義国家」の政治将校の話を一瞬思い出したっぱが微妙にうらやましい話っぱ・・・
ともあれ、人を見てモノを言う前に自身の事を把握する。(自問とも言うね)
それだけで改善できることは多いそれが結論だろうっぱの(w・